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大阪地方裁判所 昭和40年(わ)6124号 判決

主文

被告人両名は、いずれも無罪。

理由

第一、本件公訴事実

本件公訴事実の要旨は、

被告人坂田正治は、国鉄労働組合(以下国労と略称する。)大阪地方本部執行委員長、同平山辰雄は、同本部書記長であるが、日韓条約批准反対の国労の意思を世論に訴えるための手段として、実力により日本国有鉄道(以下国鉄と略称する。)の列車の運行を阻止しようと企て、国労組合員等多数と共謀の上、昭和四〇年一一月一二日午後七時頃から、国労組合員千数百名とともに、大阪市東淀川区木川西之町五丁目官有地国鉄宮原機関区および宮原操車場構内にみだりに侵入し、午後八時二〇分頃から九時二〇分頃までの間、同操車場北発着線線路上およびその附近に集団で立ち塞がりあるいは坐りこむ等して、同操車場午後八時二七分発第一〇二号列車(急行明星)外四列車の同線路よりの発進または同線路への到着を阻止して、右各列車の発進または到着を五二分ないし八六分間遅延させ、もつて威力を用いて国鉄の業務を妨害したものである。

というのであり、右所為は鉄道営業法第三七条および刑法第二三四条(威力業務妨害罪)に各該当するというのである。

第二、当裁判所の認定した事実

一、国労の組織および被告人両名の地位等

国労は国鉄職員の大多数をもつて組織された労働組合であつて、東京に中央本部、全国の主として鉄道管理局毎に地方本部、中央本部と地方本部との間に地方における本部(通称ブロック本部。以下ブロック本部またはブロックと称する。)地方本部の下に支部および分会が存し、その最高議決機関は全国大会であり、それに次ぐ議決機関として中央委員会があり、その議決を執行する機関として中央執行委員会が設けられているが、闘争の際各地の戦術を調整する必要があるため、右中央執行委員会の諮問機関として戦術委員会が置かれる。大阪地方においては、大阪地方本部が存し、南近畿、福知山、米子、岡山および四国の各地方本部とともに関西ブロックを構成している。

被告人坂田は、昭和二〇年鉄道局大阪管理部大阪保線区に就職し、同二一年国労が結成された際これに加入し、同三六年大阪地方本部書記長、同三九年同委員長となり本件当時に至つたもの、被告人平山は、昭和一四年大阪鉄道局鷹取機関区に就職し、一時兵役に服した外は国鉄に勤務し、国労が結成された頃これに加入し、同三九年大阪地方本部書記長となり本件当時に至つたものである。

以上の事実は、〈証拠〉によつて、これを認める。

二、本件争議行為に至る経緯

昭和四〇年六月政府は大韓民国との間に、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約、日本国と大韓民国との間の漁業に関する協定、財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定などわが国と大韓民国との国交正常化に関する諸条約(以下日韓条約と総称する。)を締結し、同年一〇月に召集された第五〇回臨時国会に右日韓条約締結について承認を求める案件と右諸協定の実施に伴う法律案を提出し、衆議院は同月一九日日本国と大韓民国との間の条約および協定等に関する特別委員会を設置し、右特別委員会は同月二六日頃から右案件につき実質審議を始めた。

これに対し、総評その他の労働組合および各種市民団体は、右条約の批准に反対する運動を繰り広げ、国労においても同年八月に開かれた第二六回全国大会で右条約の批准に反対する旨決議し、同年一〇月末に開催された第七二回中央委員会で同条約批准反対闘争の方針を協議した結果同年一一月一三日以降情勢の進展に伴つてストライキを含む反対行動をなす旨決定した。国労が日韓条約に反対した理由は、第一に、同条約がアメリカのアジアにおける多角的軍事体制網の一環として、同国からの強い要望に応じて締結された軍事的性格を内包するものであり、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約において、「日韓両国が国連憲章の原則に適合して緊密に協力することが重要であることを認め……国連総会決議第一九五号(Ⅲ)に示されているように大韓民国政府が朝鮮にある唯一の合法的な政府であることを確認する。」旨協定しているのは、朝鮮が南北に分裂し、二つの政府が存在し敵対関係にあること、朝鮮戦争が開かれるや国連は右総会決議に基づいてアメリカ軍を主たる構成員とする国連軍を朝鮮に派遣し、朝鮮民主主義人民共和国政府に対し激しい軍事行動をとつたこと、ならびにわが国は国連加盟国として国連軍に協力する立場にあることなどに鑑みると、現在休戦状態にある朝鮮民主主義人民共和国と大韓民国および国連軍とが再び戦闘状態にはいつた場合、わが国をその戦争に巻き込むおそれが強く、第二に、何ら合理的な理由もなく南北に二分されている朝鮮民族にとつて統一は悲願であり、アメリカへの植民地的従属状態に陥つている南朝鮮の独立が望まれるのに、南朝鮮を統治している大韓民国政府を朝鮮における唯一の合法政府として条約を締結するのは、朝鮮の分割を固定化し、民族の独立を阻害するものであり、第三に、日韓条約が締結されるならば、賠償などを通じてわが国の資本が大韓民国に進出し、同国の低賃金労働力を利用して利潤を得ようとし、わが国の労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあるというにある。そこで、国労中央執行委員会は前記中央委員会の決定に基づき、全国の地方本部等に対し、日韓条約批准反対の国民統一行動中央集会参加のための上京団を組織し、各職場で反対集会を開き、一一月一三日以降各ブロック一個所または二個所の運転関係職場で、二時間ないし三時間の時限ストが行なえるよう準備体制の確立について協議するよう指令した。

一方、衆議院の前記特別委員会においては、公聴会を開くか否かについて与野党間で紛糾し、審議が中断したが、与党たる自由民主党と野党たる社会党および民主社会党との間に公聴会を開く旨の文書による合意が成立して審議が再開され、一一月六日午前一〇時一分社会党質疑予定者一六名中七番目の質疑予定者横路節雄委員が質疑者席につくや、与党の藤枝泉介委員が突然発言を始めたが、とつさにこれを審議打切り、採決の動議提出と察知し、これに反対し、抗議する野党委員とこれに賛成する与党委員等多数の者が大声で発言し、委員長および右藤枝委員の発言もほとんど聴取不能の状態で、議場騒然たるうちに、前記公聴会も開かれないまま、同日午前一〇時三分同委員会の審議を終了した。そこで、国労中央執行委員会は同月九日日韓条約批准反対の意思を一層強く表明するため、北海道ブロックの深川駅および苫小牧駅、関東ブロックの東京駅および東京機関区ならびに関西ブロックの前記宮原操車場など全国六ブロック九拠点を指定し、同月一二日夕刻から翌一三日朝にかけて一時間の時限ストを行なう旨決定し、その旨各ブロック本部および地方本部に指令を出すとともに、東海道本線および山陽本線など主要幹線における始発駅地域において右日時に一時間程度の時限ストを行なう旨新聞発表し、右内容のビラを多数作成して全国的に、特に拠点となる地域の駅頭で一般国鉄利用者に配付して、ストライキ実施の周知方を指示した。この間衆議院においては、前記の特別委員会における採決の効力をめぐつて与野党が対立し、話合いがつかないまま議長職権で本会議が開催され、与党議員の中野四郎外二三名提出の「発言時間は趣旨弁明については一〇分、質疑答弁討論その他については五分とする」旨の動議を連日可決し、野党議員提出にかかる各大臣不信任決議案の審議から始め、法務大臣石井光次郎の不信任決議案の審議続行中、同月一二日午前〇時一八分開催された会議の冒頭で突如議長は、議事日程第一の右不信任決議案の審議をあと回しにし日韓条約案件を一括議題とする旨および前記特別委員会委員長の報告を省略するにつき、それぞれ賛成者を起立させ、起立者多数としてそれぞれ可決し、質疑および討論の通告がないことを確認し、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約を承認するに賛成する者の起立を求め、賛成者多数としてこれを可決し、右条約に関連する前記法律案の可決に賛成する者の起立を求め、起立者多数としてこれを可決し、同日午前〇時一九分議場騒然たるうちに散会した。このような情勢の急激な変化により、国労の計画した前記ストライキは、衆議院における右のようないわゆる強行採決に抗議する趣旨をも兼ねるものとなつた。

国労大阪地方本部においては、同年一〇月開催された同地方本部第一七回定期大会の日韓条約批准反対決議にのつとり、闘争委員会を設けて職場集会、署名運動および国民統一行動中央集会参加のための上京団を組織するなど活発な活動をしていたが、前記中央執行委員会の時限スト実施の指令を受けるや、一一月一二日午後八時二〇分項から一時間の時限ストを前記宮原操車場の西回り線(北発着線)および東回り線(南発着線)において実施することとし、闘争本部を同日午後四時までは同地方本部事務局に、それ以後は宮原操車場客車区分会事務所に置き、闘争本部長(総指揮者)を被告人坂田、西回り線の現場指揮者を同平山と決め、大阪地方本部において四〇〇〇名、関西ブロックに属する他の地方本部から一二〇〇名の組合員を動員することとし、大阪、京都および兵庫各地評に支援を要請するとともに、ストライキ予告のビラを大阪駅周辺の主要駅の駅頭で再三にわたり配付するなどストライキ態勢にはいつた。右大阪地方本部の動きを察知した国鉄当局は、宮原操車場駅本屋二階点呼所に現地対策本部を置き、大阪鉄道管理局運転部長今野尚を現地対策本部長とし、宮原操車場構内出入口に立入り禁止の立札を設け、棚の破損個所を修繕するとともに、いわゆる現認要員として右管理局労働課職員等を宮原操車場へ派遣するなどストライキ対策の準備を整えた。

以上の事実は、〈証拠〉を総合してこれを認める。

三、本件争議行為の内容

被告人両名は、国労中央執行委員会の前記日韓条約批准に反対し、衆議院におけるいわゆる強行採決に抗議するための時限スト実施の指令に基づき、関西ブロックの宮原操車場を拠点とするストライキを指導するため、他の組合員と共謀の上、昭和四〇年一一月一二日午後七時三〇分頃、被告人坂田においては宮原操車場客車区分会事務所に設置された闘争本部にはいり、宮原操車場におけるストライキの全般的状況を把握し、適宜組合員に対し指示を出したり、国鉄当局と電話で交渉を重ね、被告人平山においては、同操車場西側を流れる東雲川にかかる機関車庫附近の橋から同操車場構内にはいり、その頃右橋および東雲川にかかる電車区附近の橋から同操車場構内にはいつた組合員約二〇〇〇名とともに同構内機関区南側広場に集まり、大阪地方本部の各支部長および関西ブロックの他の地方本部の委員長と最終的な打合せをし、地方本部および支部はそれぞれ責任者を決め、まとまつて行動すること、責任者はその属する地方本部または支部の組合員の行動を十分統率し、全員が指揮者の指示どおりに行動すること、ならびに当局側のいわゆる挑発があつても個人として受けて立つようなことはしないことなどを確認した後、各地方本部および支部毎に四列縦隊を組み、被告人平山の誘導および指揮により右組合員約二、〇〇〇名は、同日午後八時二五頃分同操車場駅本屋北西の西回り線(北発着線)の北走行線および北一番線から北七番線までの線路上およびその敷地に、南北約三七メートル、東西約一五メートルの不規則な楕円形の一団を形作つて立止まり、同操車場駅長三木三郎の携帯マイクによる再三の立退き要求にもかかわらず、初めは立つたままで、午後九時五分頃からは坐り込んで、同日午後九時二〇分頃までの間、日韓条約批准反対等のシュプレヒコールを繰り返し、あるいは演説するなどして右線路上進行列車の進路を塞ぎ、既に発車準備を終えて同操車場北一番線上で待機していた大阪駅始発東京行、同操車場発進予定時刻午後八時二七分急行客車第一〇二号(通称「明星」、以下単に「明星」という。)の発進を午後九時二九分まで、同じく北三番線上で待機していた大阪駅始発東京行、同操車場発進予定時刻午後八時三三分急行電車第九一一〇M号(通称「いこま」、以下単に「いこま」という。)の発進を午後九時三三分まで、同日午後九時頃に発車準備を終え同操車場機関区裏線に待機していた大阪駅始発長野行、同操車場発進予定時刻午後九時五分急行気動車第八〇九D号(通称「ちくま」、以下単に「ちくま」という。)の発進を同日午後九時五七分まで、大阪駅終着同操車場北七番線到着予定、右到着予定時刻午後八時三一分普通客車第五二二号の右到着を同日午後九時二九分まで、および同北五番線到着予定、右到着予定時刻午後八時三六分急行電車第五〇四M号の右到着を同日午後一〇時二分頃までそれぞれ遅延させた。そして、前記闘争支援の要請を受けた大阪等の地評は、扇町公園で集会を開き、宮原操車場構外までビラを配付するなどしながらデモ行進して、被告人らの本件闘争を支援した。

以上の事実は、〈証拠〉を総合してこれを認める。

第三、当裁判所の判断

一、威力業務妨害罪について

刑法第二三四条の「威力」とは、人の意思を制圧するに足りる勢力をいう。被告人らが多数の組合員を指揮し、出発予定の列車三本および到着列車二本の進行線路上に立ち塞がるなどした前記の所為は、右「威力」にあたり、右威力の行使のため右五本の列車の進行という国鉄の業務の遂行が妨害されたのであるから、被告人両名の本件線路上で立ち塞がるなどした行為は、同条の威力業務妨害罪の構成要件に該当するといわなければならない。

しかしながら、被告人らの本件行為は、前記のとおり日韓条約批准に反対し、衆議院におけるいわゆる強行採決に抗議するため、国労中央本部の指令に基づき大阪地方本部を中心とする関西ブロックの国労組合員が組織的になしたピケッティングを伴う時限ストであるから、これが正当な争議行為であるか否か、可罰的違法性があるか否かについて検討することとする。

被告人らの本件争議行為の目的は、前認定のとおり、日韓条約はアメリカのアジアにおける集団安全保障体制の一環として同国の強い要請にこたえて、締結されたものであり、南北に分裂し二つの政府をもつに至つている朝鮮との基本的な関係について、一方の大韓民国府政を朝鮮における唯一の合法政府とし、朝鮮民主主義人民共和国政府に対して激しい軍事行動をとつた国際連合の憲章の原則に適合して協力する旨の同条約の規定は、わが国を戦争に巻き込むおそれを生じさせ、また同条約の締結によつて、朝鮮の分割は固定化し、民族の独立は阻害されるとともに、わが国の資本が大韓民国に進出する途を拓いて、同国の低賃金労働者を雇傭することによりわが国労働者の賃金を引き下げるおそれを生ずるという理由から、同条約の批准に反対し、かつ衆議院におけるいわゆる強行採決は議会制民主主義を破壊するものであるとしてこれに抗議し、以上の意思を広く国民に訴えることにあつたと認められるところ、当公判廷における被告人坂田の供述、第四回公判調書中の被告人両名の各供述部分および証人酒井一三に対する当裁判所の尋問調書によれば、国鉄で働く労働者は、戦時空襲の中を危険な輸送作業に従事し、朝鮮戦争が始まるや在日米軍の兵員、装備および器材の輸送を他に優先し、かつ秘密裡に行なうよう命令されるなど他の職場の労働者より一層戦争の被害を直接に受けた経験をもち、そのため特に戦争と平和の問題に敏感であり、国労は、その綱領において、労働者の基本的権利を守り、劣悪な労働条件の一掃を期するとともに、わが国とアジアの労働者の団結で永久平和の確立を期することをうたい、朝鮮戦争が始まつた当時はむしろ保守的傾向の組合とみられていたのに、他の組合にさきがけて右戦争に反対することを決議し、昭和二六年の全国大会で再軍備反対、全面講和、中立堅持および軍事基地反対のいわゆる平和四原則を決議し、その後これを活動の指針としてきたことが認められ、このように戦争の影響を直接に受ける職場の労働組合が、本来一つであるべき朝鮮に二つの政府が存在し、互いに激しく対立している中で、その一方を唯一の合法政府として基本的関係を結ぶのは、近隣諸国間の緊張を激化させ、日本国憲法に明規されている平和主義の原則にそむくとしてこれに反対するのは十分理解できるし、また、労働者の労働条件および経済的地位を維持し、向上させることを主たる目的とする労働組合が、日韓条約によつてわが国の資本が韓国に進出し、低い賃金水準のもとにある同国の労働者を雇傭することによつてわが国労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあるとしてこれに反対するのは、正当な組合活動の範囲内にあり、そして戦前からわが国と特殊な関係にあり、複雑困難な問題をかかえ、かつ、南北に分裂し二つの政府を有する朝鮮との関係を基本的にどのように解決するかという重要問題を含む日韓条約の国会審議に際し、国民のかなりの層から同条約反対の声があがり、野党もこぞつて対立する中で(〈証拠〉を総合して、これを認める。)、前記のように衆議院の特別委員会においては、自由民主党と社会党および民主社会党間の文書による合意があったのに、公聴会が開かれることなく、いわば抜き打ち的に質疑が打ち切られ、何ら討論もなされないままわずか一一日間、正味約三九時間で審議を終え(〈証拠〉によつて、これを認める。)、本会議においては、法務大臣不信任決議案の審議続行中、突如議長が、従前の経緯等から当然反対者もいると思料され、現に議場が騒然たる状態となつているのにわずか一分間で、右不信任決議案の審議をあと回しにし、日韓条約案件を一括議題とする旨および前記特別委員会委員長の報告を省略するにつき、それぞれ賛成者を起立させ、起立者多数としてそれぞれ可決し、質疑および討論の通告がないことを確認し、日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約を承認するに賛成する者の起立を求め、賛成者多数としてこれを可決し、右条約に関連する前記法律案の可決に賛成する者の起立を求め、起立者多数としてこれを可決するに至つたのは、かりに野党の従前の審議態度に問題があって与野党間に不信感が存在し、かつ、右条約の承認に多数の者の賛成が得られることがほとんど明白であったとしても、なおかつ少数意見を十分述べさせることにより、よりよい結論を導き出すよすがとなすとともに、審議の経過を通じて重要な政治問題につき国民が判断する資料を提供して、国民の、国民による、国民のための政治を実現するという民主主義の基本原則にもとる誠に遺憾な事態であるともいえるのであって、これに対し国労が国民の一員ないし一団体として抗議するのは肯認し得るところであり、したがつて、被告人らのなした本件争議行為の目的は正当なものであつたと評価することができる。

ところで、被告人らは右に述べたとおり、日韓条約批准に反対し、同条約の承認等に関する国会のいわゆる強行採決に抗議するためのストライキ、すなわち政治的目的のためのストライキを実施したものであるところ、検察官は、憲法第二八条が保障する労働者の諸権利は使用者との関係における被用者の権利を定めたものであり、労使間の交渉においては解決できず使用者側で如何ともしがたい国家機関処理事項の実現を目ざし、そのために使用者側に損害を及ぼすような行為は憲法の保障する労働基本権に属しないと主張するので、この点について検討する。憲法第二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。」と規定し、労使間の団体交渉は団体行動の一つの例として示され、団結権および団体行動権の保障に政治的目的を有する場合(これは通常使用者側が法律的あるいは事実的に処理し得ないものである。)を除くと規定していないのみか、ワイマール憲法(第一五九条)やドイツ連邦共和国憲法(第九条第三項)のように「労働条件および経済条件の維持および改善」のための結社の自由あるいは団結権を保障する旨の広く、かつ緩やかな目的制限すら付しておらず、そもそも同条が認めた労働基本権は、憲法第二五条が国民一般に認めているいわゆる生存権の具体化として、特に勤労者に対して「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するために認めたものであつて、勤労者の使用者に対する経済的立場の弱さに基因する労働条件の劣悪化を防ぐためのみでなく(もちろん、労働条件の維持および改善が最も重要かつ通常の途であることはいうまでもない。)、右労働条件および経済的地位と密接な関係を有する社会的および文化的等一般生活上の地位の維持および向上をもその目的としており、右目的達成のために必要な政治活動をことさら除外するものとは読みとれないし、経済、社会および政治が相互に密接な関連を有する現在の複雑な社会機構のもとにおいて、勤労者が労働条件および経済的地位を含む一般生活上の地位の維持および向上を図るためには、ある程度の社会活動および政治活動を行なわざるを得ないことは否定できないところであつて、労働組合の活動のうち経済的な側面のみならず、右目的の達成に必要な範囲の社会活動および政治活動も憲法第二八条の保障する勤労者の団体行動権に含まれると解すべきであり、また、労働者の賃金および労働条件を定める法律の制定または改廃を促進し、または反対するための争議行為のように、使用者に対する経済的地位と直接関連するものであれば、たとえそれが政治的目的のための、したがつて労使間の団体交渉によつて解決できない事項、すなわち使用者として法律的ないし事実的に処理し得ない事項に属するものであっても、憲法第二八条の保障する勤労者の団体行動権の範囲にはいると解されるから、現在の社会機構において経済と社会および政治を画然と区分することは非常に困難であり(現に被告人らは本件において、日韓条約批准反対の理由の一つに、同条約はわが国の資本が韓国に進出する途を拓き、同国の賃金水準の低い労働者を雇傭することにより、わが国労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあることを挙げているのである。)、使用者に対する勤労者の経済的立場の弱さに着目し、主として使用者の財産権をある程度制限することにより勤労者の実質的地位の維持および向上を図ろうとする憲法第二八条の趣旨に照らすと、勤労者に関係のある事項について、国家機関の処置または非難すべき状態に対し抗議する目的のもとに、抗議にふさわしく短時間で、かつ使用者に与える損害が比較的軽微な態様でなされる、いわゆる政治的抗議ストは憲法第二八条の保障する団結権または団体行動権に含まれると解し得ないものではないが、仮りに使用者の処理し得ない事項に関してなされた右態様の争議行為(政治的抗議スト)による損害を使用者において受忍すべき理由がないとして、争議行為者に民事上の責任を認むべきであるとしても、その争議行為が現行憲法のもとにおける民主的法秩序を根底から破壊する目的で不法ないし不当な手段で行なわれたものでない限り、その違法性は右の限度にとどまり、社会倫理的規範を基底に有する刑法上の違法性の評価において、直ちに高度の非難に値する法秩序違反として可罰的違法性を具備するに至るというべきではなく、使用者において受忍すべき理由のない損害を与えるという点を含めて、当該争議行為の目的、態様および法益侵害の程度等を全体的に評価して、その可罰的違法性の有無を判断すべきである。

そこで、進んで被告人らが前記目的を達成するために採つた手段ないし方法の相当性について検討する。被告人両名が国労組合員約二、〇〇〇名を指揮して、昭和四〇年一一月一二日午後八時二五分頃前記宮原操車場西回り線の北走行線および北一番線から北七番線までの線路上およびその附近に立ち入り、同日午後九時二〇分頃までの間、同所に立ち止まり、あるいは坐り込んで、日韓条約批准反対等のシュプレヒコールを行ない、あるいは演説するなどして、右線路上進行列車の進路を塞ぎ、出発列車三本の発進を五二分ないし六二分間、到着列車二本の進行を五八分間および八六分間遅らせたことは前記認定のとおりであり、検察官は高速度交通機関のもつ危険性とその安全・正確な運行確保の必要性に鑑み、みだりに一般人が立ち入ることを禁じられている鉄道用地内の、しかもその枢要部をなす線路敷設区域内に、夜間、組合員千数百名を指揮して立ち入らせ、国鉄当局の再三にわたる退去要求を無視して、線路上に集団で立ち塞がり、あるいは坐り込むなどして実力で列車の発進ないし到着を阻止したのは相当な行為とはいえないと主張する。しかしながら、被告人らの右所為は、前記時限ストを遂行するためのピケッティングとしてなされたものであり、その行為の正当性如何は、争議行為に至つた経過、その目的、相手方の態度および行為態様など諸般の事情を考慮して、これを判断すべきものであつて、何らかの有形力の行使があつたからといつて、その一事のみでこれを違法と断定すべきでない。本件ピケッティングは、検察官主張のように、安全かつ正確な運行を確保するための立入が禁止されている場所でなされたものであるとはいえ、右ピケッティングをなしたのは国鉄の従業員である国労組合員であり、同人らにとつて右の場所は、日々同種の施設の中で労働し、その構造および機能等によく通じていると思われる施設の中であり、かつ争議行為に協力するよう説得すべき対象者が就労している場所であつて、広い意味での職場といえる場所であり、設備損壊等の危険も予想されない本件争議行為においては、それが立入を禁止された鉄道用地内の線路敷設区域でなされたこと自体にさして意味があるのではなく、列車進行線路上に立ち塞がつている組合員の生命および身体に対する危険、ひいては、それを危惧する当局側の配慮がこれを有形力の行使たらしめるのであり、この点にこそ実質的な違法要素が存すると解されるところ、右のように列車進行線路上にピケッテイングを張る行為は一般的には有形力の行使としてかなり強い程度のものといわなければならないが、本件のように列車の控え用の線路上に停車中の列車(既に運輸業務を終了し、格納のため帰つて来た列車一本を除く。)、の前に単に立ち塞がり、あるいは坐り込む行為は、車庫から出ようとする大型自動車の前に立ち塞がり、あるいは坐り込む行為と本質的な差異がないともいい得るのである。そして、〈証拠〉を総合すると、本件争議行為が行なわれた宮原操車場は、大阪駅を始発駅とする列車の仕立および編成ならびに同駅を終着駅とする列車到着後の格納および解体を行なう、いわば車輛基地であり、乗客および公衆は出入りせず、構内にある列車にはいずれも乗客はない駅であり、本件争議行為が行なわれた場所は、夜間とはいえ人が歩行し、作業するのに困難でない程度の照明のある所であること、被告人らは指揮者の十分な統率のもとに整然たる行動をとり、いやしくも暴力にわたるような行為や施設を損壊するに至るような行為をしないことはもちろん、当局側の実力行使に対しても積極的な抵抗は一切しない方針で、これを事前によく確認していること、本件争議行為において右方針がほぼ貫かれて、脅迫的言辞を弄するとか、暴力に及ぶような行為に出る者はもちろん、スクラムを組むとか、プラカードや旗竿を持つ者も見られず、単に鉢巻をして集団で立ち入り、立つたままで、あるいは、一時坐り込んで、本件争議行為の目的である日韓条約批准反対などのシュプレヒコールを繰り返して、示威および就労者に対する説得行為をなしたのみで(組合員が一時坐り込んだのは、被告人ら組合員の右方針および本件行為態様全体からみて、鉄道公安職員および警察官の排除行為に抵抗して、ピケッティングを継続することを目的としたものとは認められず、また、宮原操車場駅長三木三郎が携帯マイクにより退去を要求したのに対し、その附近の組合員が「わあつ」と喊声を上げるなど多少喧騒にわたる場面があつたとはいえ、これは争議行為の現場で通常みられる程度のものであると認められる。)、施設の損壊があつたとの事実も認められず、鉄道公安職員および警察官が一部組合員に対し排除行為に出た際にも、これに対して積極的な抵抗を示す者もなく、警察官の右排除行為が始まるや、直ちに現場指揮者たる被告人平山において、「直接的、物理的抵抗をするのは、闘争の本旨ではない。」と演説して現場から退去するよう命じ、さしたる摩擦や紛糾もなく、自発的退去ともいえるような態度で退去したこと、右警察官の排除行為に至るまでピケッティングを継続したのは、本件宮原操車場における闘争の現地対策本部長たる今野尚と総指揮者たる被告人坂田間の電話による交渉で成立した「九時一五分にピケッティングを解く。それまでは官憲による実力行使はしないが、ピケッティングがその後まで継続するようであれば実力行使をする。」旨の合意に基づき同被告人が現場指揮者たる被告人平山のもとに伝令を出し、右時刻に退去するよう命じたものの、何らかの理由でその伝令が同被告人のもとに達せず、また現場指揮者たる同被告人らが、争議行為の際通常行なわれるように、現場において当局側ないし警察官側と接渉しようとしたところ、当局側の現場における責任者を確認できず、警察官側がこれに応じなかつたなどの事情による面もあり、必ずしもすべて被告人らの責任に属するとはいえないこと、ならびに本件争議行為により進行を妨げられた列車の乗務員のうち、「明星」の運転手柴田勝治は、発車準備を完了して待機していたが、列車進行線路上に組合員が立ち入り、出発信号機が赤に変り、運転助役が「指令があるまで待て。」と指示したので、つけていた前照灯を消し待機したものであるが、「ピケッティングを張ることについては反感をもつたが、別に威圧を受けるような感情ではなかつた。」と述べており、「いこま」の運転手川口秀文は、発車準備を完了して定刻を待つていたところ、組合員が列車進行線路上に立ち入り、出発信号機が変らず、運転助役も来ないまま、一旦つけた前照灯を消して待機し、「ちくま」の運転手南山一勇は、同日午後九時頃発車準備を整えたが、組合員が列車進行線路上に立ち入つているので発進できず待機したものであるが、「闘争そのものについては組合の立場からいえば当然だと思つている。いずれ立ち退くと思つていた。」と述べており、普通客車第五二二号の運転手尾形昭は運輸業務を終え、列車を格納するため宮原操車場に運転進行して来たが、列車進行線路附近に組合員が立ち入つているのを認め、汽笛を吹鳴し急制動をかけて停車し、操車掛を呼ぶべく汽笛を吹鳴したが操車掛は来ず、組合員が来て闘争の趣旨を説明し協力を呼びかけたのに対し、「腹がへつているから、早うどいてくれ。」と比較的強い調子で述べたものの、それ以外に退去を要求する行動をとらず待機したのであり、いずれも本件争議行為に積極的に参加する意思はもたず、中には当初列車の進行妨害に対し反発を示す者もあつたが、列車の前照灯をつけ、警笛を吹鳴し、発車誘導のための列車取扱担当者を呼び、あるいは列車を少しでも発進させるなど積極的に退去を要求し、就労の意思を強く表示するような行動に出た運転手は一人もおらず(前記のように、普通客車第五二二号の運転手尾形昭が操車掛を呼ぶべく汽笛を吹鳴した事実は認められるが、これは組合員が同運転手の傍に赴き、闘争の趣旨を説明し、協力方を求める以前の行為である。)、右「いこま」の運転手川口秀文は本件当時国労組合員であつて、本件時限ストに参加すべき団結法上の義務を負い「明星」の運転手柴田勝治、「ちくま」の運転手南山一勇および普通客車第五二二号の運転手尾形昭はいずれも本件当時動力車労働組合所属の組合員であり、同労働組合は、第二八回公判調書中の証人坪田太一および証人酒井一三に対する当裁判所の尋問調書によれば、国労と協力関係にあり、長い間互いにスト破りはせず、相手方組合員に対し闘争の協力方を要請する必要がある場合は、それぞれ当該組合員を説得し、闘争に協力するか否かは本人の自主的判断に任せるという紳士協定があり、本件日韓条的についても国労同様これに反対する立場から運動を繰り広げ、拠点こそ異なるが同月一二日から翌一三日にかけてストライキを実施したことが認められ、急行電車第五〇四M号の運転手に対しても、同一企業に働く労働者としての連帯感に訴えることによつて、いずれも本件争議行為に対する協力方を要請し、これを期待しうる立場にあつたことなどが認められ、これらの事実を総合すると本件ピケッテイングは全体として比較的穏和であるとともに、一面かなり受動的なものであつたということができるのである。検察官は、宮原操車場を本件争議行為の場所として選んだのは、同操車場が乗客の多い大阪駅の車輛基地であり、列車運行業務に直接に極めて大きな打撃を与えることになることを重視したからであると主張するが、第六回および第三〇回公判調書中の被告人両名の各供述部分および証人酒井一三に対する当裁判所の尋問調書によれば、本件争議行為の目的が日韓条約の批准に反対し、同条約の承認に関する国会のいわゆる強行採決に抗議し、これを広く国民に訴えることにあつたから、国労は乗客の多い、したがつて国民に訴える効果の大きい大阪駅の車輛基地たる宮原操車場に選んだものであつて、国鉄の業務運営の阻害をねらつたものではないことならびに、前記のとおり、国鉄利用客に対して事前に新聞発表をし、あるいは大阪駅周辺の主要駅の駅頭でビラを再三配付するなどの方法により、本件争議行を告知し、これによつて生ずる国鉄利用客への迷惑、ひいては国鉄の営業権に対する侵害を可及的軽少ならしめようとし、本件ストライキの対象とされた列車はいずれも夜行列車および運輸業務終了後の格納されるべき列車であり、その時間も当初から一時間と限定していたものであることが認められる。そして、前記のように、わが国と複雑困難な問題をかかえている朝鮮との基本的関係をどのように処理するかという重要な問題を含む日韓条約について、国民各層にかなりの反対があるにもかかわらず、国会において十分な審議を尽くさず、いわゆる強行採決をなすという緊急事態のもとで、これに対し抗議ないし反対の意思を効果的に表示するためには、右事態が生じつつあるか、あるいは生じた直後になす必要があると認められるところ、第三〇回公判調書中の被告人平山の供述部分および証人酒井一三に対する当裁判所の尋問調書によればストライキ当日の三日ないし四日前から、勤務を終えた乗務員を順次組合の掌握下に置き、当局側の代替乗務員による業務続行を避けるという、国鉄の乗務員のストライキの場合通常採られる方法は、本件のように一時間という短時間のストライキの準備としては規模が大きくなり過ぎるきらいがあり、かつ、緊急を要する場合に間に合わないところから、本件の場合事前の意思疎通を十分図つたうえで、集団でストライキの対象となる列車の進行線路上に立ち塞がり、シュプレヒコールをするという方法で示威をなすとともに、乗務員に対しストライキに参加するよう訴えるという態様を採らざるを得なかつたことが認められる。以上のような本件争議行為の動機、目的、経緯および態様等に鑑みると、本件争議行為は、これによつて生じた損害を使用者たる国鉄が受忍しなければならない理由がないという点を除き、正当な争議行為の手段として許される範囲のものであるということができる。

そこで本件争議行為によつて生じた国鉄の損害について検討すると、被告人らの本件争議行為によつて、発車準備を整えた急行列車三本の発進を五二分間ないし六二分間、運輸業務を終了して格納のため帰つて来た列車二本の到着を五八分間および八六分間いずれも遅延させたことは前記認定のとおであり、更にそれが波及して他の列車の運行計画を乱す結果をも招いたことは宮原操車場駅長作成の「列車の遅延状況について(回答)」と題する書面によつて認められ、検察官は、直接運行を阻止されたのが公共性の強い国鉄業務の中でも枢要な幹線における長距離急行旅客列車であるから、多数の乗客に対しその旅行の目的や計画に応じ種々の不安と焦燥の念を抱かせ、かつ、その乗客自身はもちろん、その到着を期待している家族、知人その他の関係者らの社会生活に影響を与えたことが十分推認され、また、各列車が有機的な運転管制に服している高速列車であるところから、その運行を阻害されたことにより爾後の諸列車の運行計画を乱したことも明らかであり、国鉄幹線の列車運行業務に多大の影響を与え、一般国民の社会生活の遂行に重大な影響をもつ高速度交通機関の安全で正確な運行を確保するという利益を大巾に侵害したと主張するところ、一般論としては右主張も首肯できるのであるが、本件争議行為によつて生じた法益侵害の程度は右一般論からだけで決すべきものでなく、その法益侵害の実態を事実に即して実証的に検討しなければならない。なるほど、被告人らの本件争議行為によつて前記のような列車遅延を生じたけれども、うち二本の列車は既に運輸業務を終了して格納のため宮原操車場に帰つて来たものであり、他の三本の列車はいずれも夜行列車であるし、遅延の波及をこうむつた列車は主として夜行貨物列車であつたこと、本件争議行為は列車運行回数の減少する夜間に行なわれたものであり、遅延時間の回復が昼間より容易であろうと推認されること(第一七回公判調書中の証人川口秀文の供述部分((ただし、被告人平山に関しては同人に対する当裁判所の尋問調書))によれば、「いこま」は終着駅名古屋までに一五分間ないし二〇分間回復することができたと認められるし、本件争議行為によつて運行が取りやめになつた列車があつたという証拠はない。)、右出発列車には乗客はまだ乗つておらず、これを利用しようとした乗客は駅等で待つている状態であり、列車にいわゆるかんづめ状態にされていたものでないこと、新聞発表およびビラの配付を通じて事前に一般利用客に本件のようなストライキが行なわれる旨告知されていたこと、ならびに国鉄当局は、本件争議行為によつて生じた国鉄の業務に対する支障は局地的な夕立の際の落雷などにより生ずる程度のものであるという趣旨で、これを落雷戦術と称していること(〈証拠〉によつて、これを認める。)などを考慮すると、被告人らが本件争議行為によつて国鉄に対して与えた営業権の侵害は、国民生活に与えた影響とともに、さして重大なものであるとはいえず、ひるがえつて、使用者が法律的にも事実的にも処理し得ない事項を目的とするものであることから、これによつて生じた損害を使用者たる国鉄が受忍すべき理由のない本件政治的目的のためのストライキの違法性は、それによつて生ずる損害が右程度のものであつたことに照らすと、さして強いとはいえない。そして、被告人らが本件争議行為によつて侵害した右法益と、それをなすことにより保護した利益、すなわち国労の立場からする日韓条約批准反対の意思表示、および民主主義の根本原則が形骸化する危険の防止とを比較した場合、前者が大きいとは必ずしも断定することができない。

以上のとおり、被告人らの本件争議行為は、国労の立場からみて、日韓条約が軍事的性格を帯び、朝鮮の分裂を固定化し、朝鮮民族の独立を阻害するとともに、わが国労働者の賃金水準を引き下げる諸結果を招来するとして、その批准に反対し、複雑困難な問題をかかえている朝鮮とわが国の基本的関係をどのように処理するかという重要な問題を含む右条約について、国民各層にかなりの反対があるにもかかわらず、国会における審議を十分尽くすことなく、いわゆる強行採決によりその承認を可決するという民主主義の基本原則にもとり、いわばこれを形骸化するおそれのある事態に対し抗議するという正当な目的のために、その目的達成のための手段として相当と認められる前記のような態様のピケッティングを伴うストライキをなしたものであり、(本件争議行為が政治的目的のためのストライキであつて、それにより生じた損害を使用者に受忍させる理由がないという点で違法であるとしても、その違法性はさして強いものではない。)、右行為によつて侵害された法益が必ずしも重大であるとは認められず、これにより保護した法益より大きいともいえないのであるから、労働者の争議行為に対し刑事制裁をもつて臨むときは、ややもすると労働基本権を侵害する結果を招き易いこと、および刑法は社会倫理規範をその基底に有し、これに違反し高度の反社会性を有するもののみに対し刑罰という強い国家的非難を加えるものであることに鑑みると、被告人らの本件威力業務妨害の所為は、いまだこれに対し刑事制裁を加えなければならない程の違法性を有するまでには至つていないものといわなければならない。

二、鉄道営業法違反について

被告人両名は、前記のとおり、宮原操車場を拠点とする時限ストを指導するため、他の組合員と共謀の上、昭和四〇年一一月一二日午後七時三〇分頃、被告人坂田においては宮原操車場客車区分会事務所に、被告人平山においては、同操車場西側を流れる東雲川にかかる機関車庫附近の橋から同操車場構内に立ち入つたことが認められる。

検察官は、被告人らは政治目的で、本来、正常な争議行為としての法の保護を受け得ない集団的行動をなすために、しかも被告人らの勤務する職場とは何等関係のない宮原操車場構内に侵入し、線路上およびその附近に集団で立ち塞がるなどし、かつ管理者の警告にかかわらず退去せず滞留したものであることが認められるから、鉄道営業法第三七条にいわゆる「鉄道地内にみだりに立入りたる者」に該当することは明らかであると主張する。しかしながら、同条は安全、正確、かつ迅速な列車運行を図るため、右列車運行業務と全く関係のない者が停車場その他鉄道地内に立ち入り、右業務の遂行に支障を来たすおそれのある状態を排除する必要から、換言すれば、一種の運輸業務に関する政策上の目的から、停車場等に正当な理由なく立ち入つた者に対し、科料という軽い刑罰を科することにしたものであるから、本来業務の正常な運営を阻害することを内容とする争議行為を処罰の対象とすることは同条の予想しないところであるとともに、同条が「第二章鉄道係員」と明確に区別された「第三章旅客及公衆」なる標題の付された章の中に規定されているところからすると、鉄道職員以外の旅客および公衆(たまたま鉄道職員が、その職務と関係なく、旅客または公衆として立ち入つた場合においては、当該鉄道職員を含める。)をその規制対象としており、争議行為中の鉄道職員はこれに含まれないと解する余地があるのみならず、同条の立入行為も軽微とはいえ犯罪として、刑罰たる科料の対象とされるのであるから、同条違反の罪が成立するためには当該行為が構成要件に該当し、違法かつ有責であることを要すると解すべきところ、被告人らの宮原操車場に立ち入つた行為は前記争議行為のために、それに当然随伴するものとしてなされたのであるから、前記のとおり右争議行為に刑事制裁を加えなければならない程の違法性が認められない以上、右立入行為についても同断にならざるを得ない。

第四、結論

以上のとおり、被告人両名の本件各所為は、いずれも罪とならないので、刑事訴訟法第三三六条前段により被告人両名に対し、いずれも無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(浅野芳朗 和田忠義 重吉孝一郎)

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